自分とは連続した情報であると定義する

よく自分という存在の定義を考える。
前までは、自分とは連続した言葉である、と思っていたが、最近少し違う気がしてきていた。
言葉とは可読性の高い情報の一部であり、すべてではない、ということに思い至った。

自分とは連続した情報であると定義を更新した。

同じように、他人も連続した情報である。
そして、情報は解釈することができる。

誰かが何かの情報を発した時に、その情報はその情報だけで意味を持つのではなく、これまでの情報から連続した情報としての意味を持つ。
例えば、なにか言い間違いをしたとしても、ああ今のは言い間違えたんだな、と解釈することができる。

つまり、常に完璧である必要はなく、もっと大事なことは大きな方向性をしっかりと持つことである。
その時々の言動の善し悪しを気にするよりも、自分が向かっている方向を意識した方がいい。

空

この文章に特に意味はなく、思考の整理としての連続した情報の一部である。
こういう情報を出力するこの存在が自分である。

Author
菅原 浩
Web プログラマー。好きな言葉は「安定的に不安定」。オーストラリアで英語を勉強した後に、現在デンマークで幸せについて考えている。
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