なぜ雑談は大事なのか

鳩

なぜ雑談は大事なのか、心理的安全性のため?ではなぜ雑談が心理的安全性を作るのか、心理的安全性とはなにか。ここに私の現時点の考えをまとめる。

心理的安全性とはなにか

心理的安全性とは、自分が何か発言したことによって罰せられたり恥をかかされたりすることはないと信じること。つまり心理的安全性がある状態は、安全だと信じている、ということになる。

発言することが安全だと信じていることがなぜ大事なのか、それはティール組織の全体性 (ホールネス) の実現に必要なため。

心理的安全性は目的ではなく手段であり、目的を生産性の観点から捉えることもできるが、私は目的をホールネスの実現と考え、その手段として心理的安全性があり、結果として生産性が向上すると考えている。

全体性 (ホールネス) とはなにか

ホールネスとは、自分の一部を隠したり置き去りにしたりせずに、自分の弱さなどすべてを含めてありのままでいること。

心理的安全性があるだけではホールネスは実現できないが、ホールネスを実現するためには心理的安全性がある状態が必要になる。

個人の幸せを考える

幸せとは個人が感じる状態のことであり、選択肢が最大化されている状態が幸せを感じやすい状態だと考える。ホールネスが実現されていない状態は、抑圧されている部分の可能性が切断されており選択肢が最大化されていないと考える。

また、私個人の感覚として、自分の一部を抑圧することはつらく感じる。私はプログラミングをするが、仕様を入力したらコードを出力する道具ではなく、一人の人間として存在したいと感じる。

心理的安全性を手段として使った場合の目的を生産性の向上ではなくホールネスの実現と考えるのは、さらにその先にある目的が個人の幸せであるため。もし心理的安全性の向上によって生産性が向上したとして、生産性という観点で道具のように捉えられていてはホールネスを実現できず幸せになりづらいと考える。

海

なぜ雑談が心理的安全性を作るのか

では、なぜ雑談が心理的安全性を作るのか。それは雑談が「意味のない」コミュニケーションであるからだと考える。

コミュニケーションには様々な機能があるが、その中に交話的機能がある。交話的機能とは、コミュニケーションが成立しているか確認する機能である。交話的な側面からコミュニケーションを捉えた場合、コミュニケーションの目的はコミュニケーションが成立していることそれ自体になる。

「意味のある」コミュニケーションとは、新しい情報が含まれていたり、面白いといった「役に立つ」コミュニケーションのことである。こういったコミュニケーションは有益であり、有益であれば肯定される。しかし、有益「だから」肯定するのであれば、それは条件付き肯定ということになる。

それに対し、無条件肯定は存在を承認する。コミュニケーションに意味がなければ意味がないほど、そのコミュニケーションが成立している時に持つ意味は大きくなる。コミュニケーションが成立しているのは「役に立つ」からではなく、無条件に肯定し、存在を承認しているからである。

この、無条件な肯定、存在の承認、つまり雑談をすることが心理的安全性を構築すると考える。

SNS で心理的安全性を作り始めた

ずっと SNS をどう使えばいいのか考えてきたが、わからないままだった。たまに意味のない投稿をしてみたりもしたが、価値のある情報でなければ邪魔になるだけだと思って続かなかった。でもこれからはもっと雑談をしていこうかなと思う。